鉄を引きつける不思議な力――いわゆる磁石の力は、遥か有史以前より人類の興味の対象でした。そして磁性体は最も古くから知られていた機能性材料の一つであるといえるでしょう。しかしながらその本質は極めて量子力学的な現象であり、磁性研究は量子論の成立をもってようやく本格的な発展を迎えました。 |
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ナノスケール(低次元)材料の出現は、固体物理学やエレクトロニクスに大きな変革をもたらしました。古くからよく知られてきた材料も、ナノサイズ化(低次元化)を施すことより、今までに無かった新しい物性を獲得する可能性があることが知られています。
当研究室ではその中でも特に磁気的な性質に着目し、次世代のデバイスに利用される磁気機能性材料の創製を目指して研究をしています。例えば従来、常温で強磁性を発現する金属はFe、Co、Niの3種類だけと考えられており、応用の幅には限りがありました。 しかしながら現在ではナノサイズ化という手法によって新しい強磁性金属の可能性が示されています。
非磁性体である物質をナノサイズ化や外場印加によって強磁性体に変えること、またそのメカニズムを解明することは、当研究室の大きなテーマの一つです。
こうしたナノスケールの磁性研究は、特にハードディスクに代表されるような磁気記憶の発展に大きく寄与します。また最近ではスピンエレクトロニクスやマルチフェロイクスといった新しい応用分野への拡大も見せています。
Pd(パラジウム)は強磁性体に限りなく近い非磁性(パラ磁性)の金属として注目されています。 当研究室ではナノサイズ化による電子状態の変化を利用したPdの強磁性発現や、そのメカニズムの解明を目指して研究を続けています。
2003年、当研究室は表面が清浄なPdナノ粒子が強磁性を発現することを実験的に明らかにしました。 また作製した試料の表面には(100)面と(111)面が存在しており(Wulff多面体)、磁化の大きさは(100)面の表面積に依存していました。 これらの結果から、Pdナノ粒子の強磁性は単なる表面効果によるものではなく、電子の局在化によるバンド構造の変化に起因していることが明らかになりました。 [T. Shinohara, et al., Phys. Rev. Lett. 91, 197201 (2003).]
2014年、当研究室は原子層レベルで平坦かつ配向性の高いPd超薄膜の作製に成功しました。 またPd超薄膜は強磁性を発現し、さらにその磁化の大きさは膜厚に依存して振動的な挙動を示すことを実際に観測しました。 この結果は量子井戸状態に起因した強磁性の発現を示唆するものです。 また量子井戸状態により発現する強磁性は、電場印加を用いて磁気特性を制御できる可能性が知られています。 この研究を基に、外場による磁性変化のメカニズムに新しい知見が得られると期待されています。[S. Sakuragi, et al., Phys. Rev. B 90, 054411 (2014).] |
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最近では電場や光、有機物修飾といった手法を用いてPd薄膜やPdナノ粒子の磁性をスイッチングする研究に取り組んでいます。 またPdナノ粒子とは異なる表面を持つPdナノキューブの磁性にも注目をしています。
ナノ粒子やナノ構造体の物性は、通常のバルクサイズのそれとは異なることが知られています。 現在の磁性ナノ粒子に関する研究では粒子個々の特性を活かしたものが多く、ナノ粒子が集合体化する際に粒子間に働く相互作用と、それに付随して起こる磁気的な挙動については十分に理解が進んでいません。 しかしナノ粒子集合体の磁気特性は応用上大きな意味を持っているため、当研究室ではこの解明に取り組んでいます。
2011年、当研究室では均一に粒子間距離が制御されたγ-Fe2O3集合体において、粒子間距離と相互作用による磁気秩序の関係について調べました。 その結果、粒子間距離の広いサンプルでは超常磁性的な振る舞いを示し、粒子間距離の狭いサンプルではスーパースピングラス的な特徴が現れることがわかりました。 この発見はこれまで発現条件が明確でなかったスーパースピングラスに関して新たな知見を与えるものです。 将来的に磁性ナノ粒子集合体を磁気応用材料として用いる際の一つの設計指針になると期待されます。[K. Hiroi, et al., Phys. Rev. B 83, 224423 (2011).] |
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現在は磁性ナノ粒子集合体を基盤とした新規な特性を有する超強磁性の発現に向けて、磁気双極子相互作用のさらなる解明に努めています。
スキルミオンは数十ナノメートルの大きさを持つ特異な渦状の磁気構造体です。 このスキルミオンは固体中において独立した一つの粒子のように振る舞い、また微小な電流密度で駆動することから、次世代のレーストラックメモリへの応用が期待されています。 しかしこのスキルミオン同士は相互作用をしており、工学的応用のためにこのメカニズムの解明が求められています。 現在、当研究室ではスキルミオンを発現することが期待されるB20型構造のCrMnGe等を用いて研究に取り組んでいます。